2024年7月22日月曜日

【小説】川辺の公園の男たち

           


 まさか、自分が何もかも失って、昼間から川べりの公園で過ごすことになるとは思ってもみなかった。

 長年勤めた会社からは解雇され、ある日家に帰ったら、妻も子どもも姿を消していた。――近々、結婚して以来過ごしてきたこの町を去ることに決め、休日に何度か家族で訪れたここに足を運んだ。
 平日の昼に町を出歩いたことなどなかったため、これまで見てきた景色とはまるで違う印象を受けた。

 よく晴れたすがすがしい陽気だった。

 鉄橋の下に並んでいるブルーシートの一角から、一人の男が出てきた。手には鍋と玉杓子のようなものを持っていた。すると、川の流れの方を向いて玉杓子で鍋を叩き始めた。

 「今日は天気だ、ありがとう!」

 鍋の音をさせながら、一定のリズムで大きな声を張り上げている。

 「川が流れて、ありがとう!」
 「向こうのビルが光って、ありがとう!」

 すると、鉄橋の下のブルーシートから、一人、また一人と、思い思いの物を手にしながら男の周りに集まってきて、それぞれが順番に大きな声を張り上げた。

 「富士山見えて、ありがとう!」
 「桜が咲いて、ありがとう!」
 「ビールが飲めた、ありがとう!」

 輪になって屈託なく笑い合いながら、ありがとうを連呼する。

 最初はしかめっ面で近くの桜を見ていた若い母親らしき集団も、連れている小さな子どもたちがリズムに合わせて体を動かすので、その場を離れず見守っていた。

 次の日、町を出るために乗った電車の中から、昨日歩いた川辺の公園が小さくなるのを見ていた。

――生きてるだけで丸儲け、ありがとう! ありがとう!

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