私はかつて地方都市で働いていた時、毎日朝早くから時には真夜中過ぎまで働き、職場の人間関係や組織の杜撰さにはさらに苦しめられ、日々疲弊していきました。
その際、一度首都圏に戻った時だったかに、気を診ることができる方にお会いしたのではなかったかと思うのですが(当時のことは、もうはっきり覚えていません……)、〝しなくてもいいことをたくさんしている〟と指摘されました。ーーしかしながら、しなくていいことが何かが、自分ではまったく見当がつきませんでした。
仕事も生活もまったく変わってしまった今ならば、わかる気がします。何もかもがしなくてもいいことだったのではないかと……。そう、仕事を辞めて首都圏に戻るのでもまったく問題はなかったのですよね。ただ、そうではないにしても、何もかもを自分でしないといけないと思い込み、無駄なことばかりであったと今さらながら気づくのです。理解するまで十年かかったのが情けない限りです。
そんなことを思い出してみると、今なお、しなくてもいいことをたくさんしていることに気づくのです。語弊を恐れずに言うと、例えば、お付き合いでイベントやマルシェなどに参加することです(リアルでもオンラインでも……)。興味があるゆえに行きたいというのであれば行く、お付き合いだからという理由で億劫さを感じるのであれば行かないに限ります。そして、当初は参加したいと思って続けていたそれらも、自らのライフスタイルや興味、メンバーとの関係性が変わったり、自分の中で違和感を覚えたらやめればいいだけなのです。
ところが、これまでの私にはそういう線引きができませんでした。ゆえに、いつも自分のことが後回しになるのですね。この裏側には、自分の気の弱さがあると思います。いい人に見られたいとか、なんとなく断れないとか、先の記事で書いた〝自身がない〟状態です。断ると不機嫌になる父親の顔色を常に伺ってきた影響(実のところ、母親にもそういう傾向は若干ありました)なのだなと、こちらについては十年どころか、何十年も経って気づきました。
自信がない(自身がない)
https://zarara1111.blogspot.com/2024/07/blog-post_24.html
この六月・七月は他人に振り回されてしまっていたことを感じました。まあ、それというのは、結局のところ自分がそうしていたのですが……。八月は、強い意志を持って、他人を基準にするのではない生活をしようと考えています。父親との関係性の再構築が私の人生の最後の課題の一つのようですが、こうした地道な取り組みで実績をつくることが大事だと思うのです。
最後に向き合うべきはやはり
https://zarara1111.blogspot.com/2024/07/blog-post_8.html
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