昨日、これからの人生のテーマは真実の「愛」の探究なのだというのがわかった、ということについてお話させていただきました。
最終章のテーマは「愛」らしい
https://zarara1111.blogspot.com/2024/07/blog-post_1.html
実のところ、少し前からある選択をめぐって悩み抜いていました(今もまだ余波はあるのですが……)。別件で連絡をした際に、長いこと相談をしているヒーラーさんからは「選択に迷ったら、愛を選ベば大丈夫です」というメッセージをいただいていました。
昨日は、お世話になっているチャネラーさんが定期更新している動画のテーマが「愛とはなにか」でした。また、突然このようにひらめいた原因となった、ややハードな出来事についてタロット・カードを引いてみたところ、二回とも「カップ(聖杯)の1」でした。
それだけラッシュすれば、いくらニブイ私でもいいかげんわかるから……と思いました。
とはいえ、これらはまだメッセージにすぎず、その中身は私にはまったくわかりません。一般的に〝こういうものだ〟とか〝こうあるべきだ〟とかいうものではないようですし、他者から〝これです〟と与えられるものでもなさそうです(当たり前か……)。
とりあえず、〝かつての私〟が探究していたものをたどってみようと思っています。ーーそうです、日本のある時代の武士だった私が導いてくれるはずなのです。よく、前世・過去世で生活していた国や地域の言語を話すことができるということが言われています。私もまた、もちろん専門的なトレーニングは積みましたが、確かにその時代の言語を読んで理解することができます。
何百年も前の日本に、ましてや武士たちの間に、「愛」なんてものは存在しなかったのではないかと思うかもしれませんが、私の〝記憶〟の中では〝NO〟なのです。
もしご興味がございましたら、期せずしてこのブログの最初に掲載した、フィクションのようなノンフィクションの「時機到来」というショートショートSF小説をお読みになってみてください。
【小説】時機到来
https://zarara1111.blogspot.com/2024/08/blog-post_25.html
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