数年前、比叡山にて織田信長と明智光秀のご子孫と延暦寺関係者とで和解をするという催しが開かれていました。ちょうど、大河ドラマ『麒麟がくる』が放映されていた頃だと思われます。このドラマでの明智光秀の描かれ方が従来とはずいぶん異なっていたことに、軽い衝撃も覚えました。少し前から、本能寺の変が信長と光秀によって仕組まれたものではないかといったネット上の書き込み(おそらく、チャネラーの方によるものだったのではないかと、今ならばそう感じられます)なども散見せられて、そんなこともあるのかと思いました。
新発見なのか新説なのかはわかりませんが、昭和の私が子どもだった頃に比べて、歴史の解釈が随分変わったというものが多いという気がしてなりません。これぞマンデラエフェクト(マンデラ効果)なのかと思うこともありますが、少なくとも、多くの人がそれを信じるとその意識(念)によってそれが〝本当にあったこと〟となるのは、このブログでも時々紹介しているBTTPさんの動画を何度も見て、自分でも確信を持てるようになっています。
例えば、GHQまでその地を侵すことを諦めたという、平将門伝説などが良い例ではないかと思います特に、恨みや呪いという類は、多くの人の意識に働きかけてそれを現実化させる気がします(ユングの「集合的無意識」の問題に関わっているようです)。ーーだからこその、冒頭における比叡山における催しは、焼き討ちの当事者である延暦寺側からの和解のアクションであり、負の意識(念)の連鎖を断とうという英断であったのではないでしょうか。
ただ、まだまだそれを払拭することは難しいと思うような体験もしています。
歴史好きでも踏み込みたくない時代
https://zarara1111.blogspot.com/2024/04/nhk-13-httpszarara1111.html
それでも、怒りや憎しみのエネルギーは気づいた人から手放していかないといけないと思います。これはカルマであると思いますし、カルマの中でも自覚されやすいものだと考えるからです。目に見える重荷からおろしていくべきです。
私にもありました。ずっと無自覚でしたが、ある時に自覚され、段階を経て手放し、今はだいぶ落ち着いています。ひとつには、穏やかな性格の〝歴友〟たちの助けがありました。もうひとつは、織田信長や明智光秀同様に、昭和にはそんなにメジャーではなかった時代や人物たちにも、歴史の再解釈の波が訪れていることにあります。
それが、歴史学でいうところの〝事実〟であったかは別問題として、新しい解釈やドラマや漫画などの作品となることで、多くの人の意識に〝書き換え〟や〝上書き〟がなされます。私の現世に大きな影響を与えていると思われる前世の人間が生きた時代について、ここ数年で驚くような〝変化〟が起きています。私もその流れの中で、すべきことを持って生まれてきたと信じられるようになっています。
そのスタートラインに立つまでには、自身の中でいくつもの「和解」が存在したのです。
マンデラエフェクト問題2024①ー私の場合、あなたの場合ー
https://zarara1111.blogspot.com/2024/05/httpszarara1111_30.html
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